ジェイン・オースティンの『高慢と偏見(自負と偏見)』は複数の翻訳者によるものが複数の翻訳者から出版されています。
それぞれとの特徴と書き出し文を比較することにより、お気に入りの1冊を見つける手助けになれば幸いです。
全体的な傾向として時代が下れば、下るほど文体は練れていき、読みやすさが格段に飛躍します。
しかし、昭和の時代に翻訳された『高慢と偏見』もレトロでクラシカルな雰囲気を醸し出しており、深い味わいがあります。
また、大学教授の翻訳よりもプロの翻訳者の翻訳のほうがスムーズに読みやすい傾向にあります。
原作に忠実であることを求めるか、読みやすさを求めるかで、好みが別れるかもしれません。
各出版社が出版している『高慢と偏見』一覧
出版社 | 出版年 | 翻訳者 | タイトル | 備考 |
---|---|---|---|---|
岩波文庫 | 1950 | 富田彬 | 高慢と偏見 | |
新潮文庫 | 1960 | 中野好夫 | 自負と偏見 | |
河出文庫 | 1963 | 阿部知二 | 高慢と偏見 | |
ちくま文庫 | 2003 | 中野康司 | 高慢と偏見 | |
光文社古典新訳文庫 | 2011 | 小尾芙佐 | 高慢と偏見 | |
新潮文庫 | 2014 | 小山太一 | 自負と偏見 | |
中公文庫 | 2017 | 大島一彦 | 高慢と偏見 | |
エメラルド文庫 | 2009 | 画:望月玲子 | 高慢と偏見 | 漫画 |
ハーレクイン文庫 | 2007 | 田中淳子訳 | 高慢と偏見 | |
KADOKAWA | 2018 | 令丈ヒロ子 | “100年後も読まれる名作 リジーの結婚 プライドと偏見” |
小学生向け |
あらすじ
イングランド南東部のハートフォードシャー、ロングボーンに住む中流階級のベネット家には年頃の娘が5人います。
上から美しく公平な心を持つジェイン、聡明なエリザベス、生真面目なメアリ、明るく陽気なキティとリディア。
おりしも、ベネット家の近くに独身の資産家、ビングリー氏が引越しをしてきて、年頃の娘とその母親はビングリー氏に関心を向けます。
そして、ビングリー氏は舞踏会で近隣一の美女ジェインに心惹かれ、彼女と2度もダンスをすることに。一方、ジェインも好青年のビングリー氏に惹かれ、ベネット夫人は上機嫌。早速、ジェインとビングリー氏の結婚を夢描きます。
ビングリー氏は友人を連れてきていました。独身であり、かつ年収1万ポンドの大地主、ダーシー氏。当初は周囲の人々の眼をひきつけますが、鼻持ちならない高慢な態度にダーシー氏の評価は急激に下がります。
さらにダーシー氏はエリザベスを「まあまあの美人だけれど、僕にダンスをさせたいきにさせるほどではないな」と酷評し、エリザベスのダーシー氏に対する評価も手厳しいものに。しかし、実際のところ、ダーシー氏はエリザベスにどんどんと惹かれていきます。
この二組の恋の行方は…
『高慢と偏見』登場人物
ベネット家。
ベネット氏 | 英国西南部ハードフォードシャの田園ロングボーンに住む地主、年収2000ポンド |
ベネット夫人 | その妻 |
ジェイン(ジェーン) | 長女 |
エリザベス | 次女、愛称リジー、イライザ |
メアリ | 三女 |
キャスリン | 四女、愛称キティ |
リディア | 五女 |
ベネット家の親戚。
ウィリアム・コリンズ | 牧師、ベネット氏の親戚、ベネット家の財産の遺産相続人 |
フィリップス夫妻 | ベネット夫人の妹夫婦、メリトンにて弁護士をしていた夫人の父の後継人 |
ガードナー夫妻 | ベネット夫人の弟夫婦、ガードナー氏はロンドンにて商業を営む |
ビングリー家。
チャールズ・ビングリー | ネザーフィールド屋敷に移ってきた独身の資産家、年収5000ポンド |
ハースト夫人 | その姉 |
キャロライン | その妹 |
ハースト氏 | ハースト夫人の夫 |
ダーシー家。
フィッツウィリアム・ダーシー | ダービシャのペンバリー屋敷の名門の当主、ビングリーの友人、年収1万ポンド |
ジョージアナ | その妹 |
フィッツウィリアム大佐 | 軍人、ダーシーの従兄弟、ジョージアナの後見人 |
レディ・キャサリン・ド・バーグ | ダーシーの叔母、コリンズの後見人 |
ルーカス家。
サー・ウィリアム・ルーカス | ベネット家の隣人 |
ルーカス夫人 | その妻 |
シャーロット | その長女、エリザベスの友人 |
その他。
ジョージ・ウィカム(ウィッカム) | 軍人、ダーシー家の執事の息子 |
ファースター大佐 | 軍人 |
メアリ・キング | 資産を持つ娘 |
富田彬訳、岩波文庫版の『高慢と偏見』(1950)
翻訳は富田彬(1897-1971)。英文学者、立教大学名誉教授。アメリカ文学研究の先駆者。
Amazonのレビューで分かると思いますが、富田彬版の『高慢と偏見』はかなり固い翻訳文になりますが、それは原作に忠実だからという言う意見もあります。
ジェイン・オースティンの原作と比較して読むなら、これがおすすめですが、今の時代、もっと読みやすい『高慢と偏見』の翻訳本があります。
書き出し文
相当の財産をもっている独身の男なら、きっと奥さんをほしがっているにちがいないということは、世界のどこへ行っても通る心理である。
つい今し方、近所にきたばかりのそういう男の気持ちや意見は、知る由もないけれど、今言った真理だけは、界隈の家の人たちの心にどっかりと根をおろして、もうその男は、自分たちの娘の誰か一人の旦那さんと決められてしまうのである。
「ねえ、ベネット」と、ベネット氏の夫人はある日夫に言った。「いよいよネザーフィールド荘園に人が入ったってこと、お聞きになって?」
ベネット氏は、まだ聞いていないと、答えた。
「でも、そうなんですよ」と夫人は言葉をかえした。「ロング人が今し方おいでになって、すっかり話してくだすったんですのよ」
中野好夫訳、新潮文庫の『自負と偏見』(1960)
翻訳は中野好夫(1903-1985)。英文学者、評論家。
訳文に時代を感じさせるものがありますが、上記の岩波文庫版に比べるとぐっと読みやすくなります。
クラシカルな佇まいを残した『高慢と偏見』の世界を堪能したい方にはおすすめ。また、1冊で済むのが助かります。
書き下し文
独りもので、金があるといえば、あとはきっと細君をほしがっているにちがいない、というのが世間一般のいわば公認真理といってもよい。
はじめて近所へ引越してきたばかりで、かんじんの男の気持や考えは、まるっきりわからなくても、この心理だけは、近所近辺どこの家でも、ちゃんときまった事実のようになっていて、いずれは当然、家のどの娘のものになるものと、決めてかかっているのである。
「ねえ、あなた、お聞きになって?」と、ある日ミセス・ベネットが切り出した。「とうとうネザーフィールド・パークのお屋敷に、借り手がついたそうですってね」
さあ、聞かないがね、とミスター・ベネットは答える。
「いいえ、そうなんですのよ。だって、今もロングさんの奥様がいらして、すっかりそんなふうなお話でしたもの」
阿部知二訳、河出文庫の『高慢と偏見』(1963)
阿部知二(1903-1973)。小説家、英文学者、翻訳家。
こちらも訳文に時代を感じさせるものがありますが、読みやすいです。翻訳者自身が作家ということもあり、文章が練れている印象ですね。
クラシカルな佇まいを残した『高慢と偏見』の世界を堪能したい方にはおすすめ。また、1冊で済むのが助かります。
書き出し文
独身の男性で財産にもめぐまれているというのであれば、どうしても妻がなければならぬ、というのは、世のすべてがみとめる真理である。
初めて近所へきたばかりの人であってみれば、彼の気持ちや見解は、ほとんどわかっていないわけだけれども、周囲の家々の人の心には、この真理はかたく不動のものとなり、その人は当然、われわれの娘たちのうちのだれかひとりのものになるはず、と考えられるのであった。
「まあ、あなた」とある日ベネット夫人が夫にいった。「ネザーフィールド荘園にとうとう借り手がついたってこと、お聞きになって?」
ベネット氏は、聞いていないと答えた。
「でも、そうなのですよ」と彼女は言いかえした。「今しがた、ロングの奥さまがいらっして、すっかりそのことを話していました」
中野康司訳、ちくま文庫の『高慢と偏見』(2003年)
翻訳は中野康司(1946年-)。イギリス文学者・翻訳家。
ちくま文庫のオースティン作品はすべて氏の手による翻訳。また、E・M・フォースター作品も訳されていますね。
一気に現代的な文体になり、読みやすいです。
書き出し文
金持ちの独身男性はみんな花嫁募集中にちがいない。これは世間一般に認められた真理である。
この真理はどこの家庭にもしっかりと浸透しているから、金持ちの独身男性が近所に引越してくると、どこの家庭でも彼の気持ちや考えはさておいて、とにかくうちの娘にぴったりなお婿さんだと、取らぬタヌキの皮算用をすることになる。
「あなた、聞きました?ネザーフィールド屋敷にとうとう借り手がついたんですって」ある日、ベネット夫人が夫に言った。
小尾芙佐訳、光文社古典新訳文庫の『高慢と偏見』(2011年)
小尾芙佐(1932ー)。女性の翻訳家。SF小説の翻訳家を主に手がけています。
書き出し文
独身の青年で莫大な財産があるといえば、これはもうぜひとも妻が必要だというのが、おしなべて世間の認める真実である。
そうした青年が、はじめて近隣のひととなったとき、ご当人の気持ちだとか考えにおかまいなく、周辺の家のひとびとの心にしっかり焼きついているのはこの事実であり、その青年は、とうぜんわが娘たちのいずれかのものになると考える。
「ねえねえ、旦那さま」とある日のこと、ミスタ・ベネットに奥方が話しかけた。「ネザーフィールド屋敷にとうとう借り手がついたって、お聞きになりまして?」
聞いてはいないよと、ミスタ・ベネットは答える。
「それがついたんですって」と奥方は言う。「いましがたロングの奥さまが見えて、教えてくださったんですの」
小山太一訳、新潮文庫の『自負と偏見』(2014年)
小山太一(1974-)。英文学者、翻訳家。立教大学教授。なお、こちらは中野版『自負と偏見』の新装になります。
ぐっと砕けて、とても読みやすいです。また、合間の解説が適切で初めて『高慢と偏見』を読む人にはおすすめしたいですね。
訳者の小山太一はジーヴズの事件簿シリーズを翻訳していることもあり、英国流ユーモアの世界を知り尽くした翻訳です。
書き出し文
世の中の誰もが認める真理のひとつに、このようなものがある。たっぷり財産のある独身の男性なら、結婚相手が必要に違いないというのだ。
そんな男性が近所に越してきたとなると、当人がどう思っているか、結婚について何を考えているかなどお構いなし。どこの家庭でもこの真理が頭に染みついているから、あの男は当然うちの娘のものだと決めてかかる。
「ねえ、あなた」ある日、ミセス・ベネットが夫に言った。「お聞きになった?ネザーフィールド・パークにやっと借り手がついたのよ」
初耳だね、とミスター・ベネット。
「でも、そうなの。さっきうちに寄っていったミセス・ロングが、そりゃいろいろ教えてくれて」
大島一彦訳、中公文庫の『高慢と偏見』
翻訳は大島一彦(1947-)。英文学者、早稲田大学名誉教授。
ややクラシカルな翻訳だな、と感じさせるものがあります。また、訳者序文でネタバレがありますので、初めて読む人は避けたほうがいいでしょう。
なお、挿絵がとても魅力的。
書き出し文
独身の男でかなりの財産の持主ならば、必ずや妻を必要としているに違いない。これは世にあまねく認められた真実である。
そういう男が近所へ引越して来ると、当人の気持や考えなどはどうであれ、その界隈に住む人びとの心にはこの真理がしっかりと根を下ろしているから、その男は当然家の娘の婿になるものと見なされてしまうのである。
「ねえ、ねえ、あなた」と或る日ベネット夫人が夫に云った。「お聞きになって? ネザーフィールド・パークにやっと借手がついたそうよ」
ベネット氏は聞いていないと答えた。
「でもそうなんですって」とベネット夫人、「たったいまロング夫人が見えて、何もかも話して下さったの。」
まとめ 一番のおすすめはどれ?
わたしの主観でおすすめを3つ選ばせていただきました。
基準はとにかく読みやすいことを基準に選びました。翻訳文の硬さを排除してスムーズに流れ、結果、わたしが物語の世界に飛び込みやすかったものをチョイスしました。
いずれの本も雰囲気がありますので、ぜひ、読み比べてください!
出版社 | 出版年 | 翻訳者 | タイトル | おすすめ |
---|---|---|---|---|
岩波文庫 | 1950 | 富田彬 | 高慢と偏見 | |
新潮文庫 | 1960 | 中野好夫 | 自負と偏見 | |
河出文庫 | 1963 | 阿部知二 | 高慢と偏見 | ★ |
ちくま文庫 | 2003 | 中野康司 | 高慢と偏見 | ★★ |
光文社古典新訳文庫 | 2011 | 小尾芙佐 | 高慢と偏見 | |
新潮文庫 | 2014 | 小山太一 | 自負と偏見 | ★★★ |
中公文庫 | 2017 | 大島一彦 | 高慢と偏見 | |
エメラルド文庫 | 2009 | 画:望月玲子 | 高慢と偏見 | |
ハーレクイン文庫 | 2007 | 田中淳子訳 | 高慢と偏見 | |
KADOKAWA | 2018 | 令丈ヒロ子 | “100年後も読まれる名作 リジーの結婚 プライドと偏見” |
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